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ブライダルプロデューサー 藤田徳子の幸せ会議(BRIDAL PRODUCER NORIKO'S NOTE)

記聞(気分)17年前の1月17日。

17年前の今日。

私は、大学の卒論提出日でした。

当時、神戸の大学に通っていた私は、
単位も取れていたおかげで(?)
4年生からは授業数も減り、
自宅から週1日だけ、神戸に通学していました。

17年前の1月17日は、「成人の日」絡みの3連休明け。

3連休に実家で卒論の最終仕上げをし、
17日の明け方、ようやく卒論が仕上がりました。

朝6時に目覚ましをセットした私は、
仮眠をとって、「そろそろ目覚まし鳴るな~」と、
ベッドの中でぐずぐずしていたところの、
「阪神大震災」・・・!!!でした。


地震直後は、事態の重大さを把握できず、
とにかく新幹線に乗りたくて
「卒論!!卒論提出時刻に間に合わん!!」
と大慌てでした。

だんだんにTVやラジオで報道される
現地での惨状を見聞きするにつれ、
神戸に住む友達、先生方、
3年間ともに寮生活を過ごした逆瀬川寮の寮生たち、
そして・・・我母校・『神戸女学院』のことが
とても心配になりました。

神戸女学院は、
西宮(阪急今津線・門戸厄神駅から徒歩10分)にあります。

TVで、
阪急沿線の悲惨な被災状況、
特に自分が慣れ親しんだ 西宮北口~門戸厄神の
変わり果てた様子をみると、
胸が苦しくなるほど悲しく、
また、背筋が凍るほど、恐怖感を覚えました。

「卒論!卒論!」と大慌てして、
自分のことしか考えていなかったのですが、
翌日になると、
神戸や西宮で被災した友人たちの下に一刻も早く駆けつけたいと
思い始めました。

リュックを準備して出かけようとしたときです。
太平洋戦争を経験した祖父から引き止められました。

「想像以上の事態だと思う。
 無力の人間が感情に駆られて出向いても足手まといになるだけだ。
 被災地では同情は要らない、
 生きるか死ぬかとはそういうものだ。
 友達や大学のことを心配に思うならば、
 自分の生活を精一杯することだ。」と。

当時の私は、祖父の忠告が理解できませんでした。

後々になって友人たちに聞くとその通りでした。
生きるか、死ぬか、とはそういうものだと惨状を経験した友人は語りました。


しばらく経って、友人たちとも連絡が取れ全員の無事が確認できました。
大学のゼミ室の助手さんから
卒論提出日も卒業式も未確定だとの連絡と同時に
神戸女学院の被害が相当だということも聞かされました。

神戸女学院に限らず、場所的に西宮市、
特に西宮北口~門戸厄神界隈の被害は本当に酷い様子でした。


そして。
20日遅れで挙行できた卒業式の感激は忘れられません。
仲間たちが一緒にいられることを幸せに感じた
「良い日旅たち」から早17年です。


また今年も1月17日がやってきました。
犠牲者の皆様のご冥福をお祈りいたします。




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