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ブライダルプロデューサー 藤田徳子の幸せ会議(BRIDAL PRODUCER NORIKO'S NOTE)

記聞(気分)今、すべきこと!

今、私がすべきこと何?・・・毎日、自問自答の繰り返しをしています。

私は神戸の大学在学中、卒業を間近に控えた1月。卒業論文の仕上げのために帰省していた実家の岡山で阪神大震災を経験しました。

奇しくも1995年1月17日は、卒業論文提出日でした。朝7時の新幹線に乗って神戸に向かう予定でした。目覚まし時計をごまかしながら二度寝をしているとき、震災を経験しました。勿論、卒業論文提出日という行事は延期になりました。

神戸や西宮で被災した友人たちの下に一刻も早く駆けつけたいと、リュックを準備して出かけようとしたときです。太平洋戦争を経験した祖父から引き止められました。「想像以上の事態だと思う。無力の人間が感情に駆られて出向いても足手まといになるだけだ。被災地では同情は要らない、生きるか死ぬかとはそういうものだ。友達や大学のことを心配に思うならば、自分の生活を精一杯することだ。」と。

当時の私は、祖父の忠告に対して「なんて冷酷な、なんてドライな!カタブツ爺さん!キライ!」と憤りを感じました。

後々になって友人たちに聞くとその通りでした。災害知識は勿論、体力も知恵もない若干22歳の私が混乱する被災地に出向いて、その惨状を見聞きし涙にくれている事態ではないのです。生きるか、死ぬか、とはそういうものだと惨状を経験した友人は語りました。

経験したした人しかわからないようです。

祖父は太平洋戦争中、フィリピンやその周辺の島々の戦地に出向いたことを私が幼い頃に話してくれました。一方で、戦地での惨状について具体的な内容は決して語ってくれませんでした。よほど、つらい経験だったのだと思います。大正生まれの祖父にしてみれば、女の、幼い私に、悲惨な実情を語りたくなかったのかも知れません。

そんな辛い過去を知っている祖父だからこそ、心身ともに傷ついた被災者の方々に対する配慮をわきまえていたに違いありません。その上で「今、何が出来るか?」としっかりと考えるべきだと教えてくれたのかもしれません。

太平洋戦争を経験した祖父の言う、
「自分の生活を精一杯すること」。

被害にあった方がいるからといって通常の経済活動を控えてしまうと、社会にお金が回らなくなります。つまり、支援物資や復興のための原資が生まれてこないのです。直接に震災被害に遭っていない私たちの「自分の生活を精一杯すること」は、普通に暮らして普通にお金を払って、社会にどんどんお金を回していくことではないでしょうか。

東日本の分まで私たちが日本の経済を活性させなければならないんですね。

もちろん、義援金を送るなどの活動はしたほうが良いと思います。
(※フェアリー・テイルでも日本赤十字社の義援金を募っています。)

本当にやるべきことは、普段どおりに「自分の生活を精一杯すること」だそうです。


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