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ブライダルプロデューサー 藤田徳子の幸せ会議(BRIDAL PRODUCER NORIKO'S NOTE)

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記聞(気分)「お子様ランチ」とマニュアル違反


「お子様ランチ」とマニュアル違反


子どもたちの夏休みも終わり今日から新学期だ。この夏休みもまた東京ディズニーランドは、連日家族連れで賑わっていたことだろう。日本最大のテーマパークである東京ディズニーランドは、訪れた人々を癒し、満足させる夢の世界だ。アミューズメント性の高いアトラクションに加え、従業員やアルバイト(ディズニーランドでは、"キャスト"と呼ばれている。)の明るく優しい接客マニュアルの徹底ぶりも、私たちサービス業に携わる者として学ぶ要素が多分にある。


猛暑のある日、東京ディズニーランド内は夏休みということもあり、子連れ客で大混雑だ。ランド内のレストランに中年の夫妻が訪れた。その夫妻は「お子様ランチ1つとエビフライランチ2つ。」と3人分を注文した。東京ディズニーランド内では、規則で8歳以上のお客にはお子様ランチを提供できないことになっている。注文を受けた高校生くらいのアルバイト店員は、マニュアルに忠実に「申し訳ございません。お子様ランチはお子様用のメニューで大人の方にはご遠慮いただいております。」と丁寧に応対した。夫妻は「当然ですよね。」と言いながら顔を見合わせ、そのまま店を後にしようとした。

アルバイト店員は夫妻のその様子が気になって、夫妻を追って店の入り口で「なぜお子様ランチなのですか?」と申し訳なさそうに訊ねた。夫妻は「実は、明日息子の命日なのです。生前、息子と夏休みにディズニーランドに行く約束をしていました。その約束が果たせないままだったので・・・。4歳だった息子が喜びそうなお子様ランチを注文してやりたいと思ったのです。無理言ってごめんなさいね。」と少し微笑みながら改めてレストランを出ようとした。

それを聞いたアルバイト店員は、「お待ちくださいませ!」と夫妻を呼びとめ、大きな声で「いらっしゃいませ。3名のお客様、ご来店です!」と笑顔でテーブルまで案内した。当然のごとく夫妻の座ったテーブルにチャイルドチェアを用意し「ご注文を復唱させていただきます。エビフライランチ2つと"お子様ランチ"1つですね。ごゆっくりお楽しみください。」、そう言って水の入ったグラス2個とお子様用グラス1個をテーブルに置いた。しばらくして、エビフライランチ2つとお子様ランチが、彼女の手によってサービスされてきた。夫妻は息子のいないチャイルドチェアの前に置かれたお子様ランチを見て、涙が止まらなかったと言う。


このエピソードは、知人夫妻が私に話してくれたものだ。夫妻のご子息は4歳の夏休み、自宅近くの車の往来の多い幹線道路で横断歩道を渡る際、赤信号無視の乗用車にはねられた。私もご子息の交通事故の連絡を受けすぐに病院に駆けつけた。元国体レスリング選手のご主人、バレーボールの全国大会出場経験をもつ奥様、どちらも体格の良い普段は快活なお二人だが、その時ばかりは呆然と立ち尽くす姿が、なんとも小さく見えたことを覚えている。


それから数年後「やっと○○(息子の名前)との約束を果たせたよ!」と本当に嬉しそうに頬を赤らませながら、私にこのエピソードを話してくれた。
そして、夫妻がレストランを出る際、店長に「どうか彼女のとった行動を叱らないで欲しい」と伝えたところ、店長は目頭を少し押さえながら「畏まりました。本日、お客様は"3名様"でご来店いただきました。この後もごゆっくり東京ディズニーランドをお楽しみください。ありがとうございました。」と対応したことも付け加えて話してくれた。


アルバイト店員は、自分の行動がマニュアル違反であることを当然理解していただろう。上司から咎められることすら覚悟していたかもしれない。それでもお子様ランチを用意することによって、夫妻にとってかけがえのない思い出を届けたかったに違いない。
夫妻がお子様ランチを注文する理由を話したとき、それでも「規則ですから」と断ったとしても、誰もそのアルバイト店員を責める人はいないだろう。いや、それどころか、むしろマニュアルに基づく「正しい」接客なのだ。彼女は、自分の判断と責任で「正しくない」接客を行ったのだ。一方で、マニュアルに反する「正しくない」接客は、夫妻に幸せな思い出を残すことになったのだ。


 先月行われた中長期ビジョン策定合宿において、オリジナリティとホスピタリティの追求について議論した。今後、フェアリー・テイルではオリジナリティとホスピタリティの向上を目的に、マニュアル作成が必須だという結果に至った。マニュアルはスタッフ間に生じるサービスクオリティの差をコントロールするために重要である。
一方で「規則だから」、「前例がない」というマニュアル判断に基づいて仕事を行うことは、実に簡単なことだ。"従来の"マニュアルに反していて、初めての試みであっても、それは相手にとって"大切である"という決断は、とても強い勇気が無ければ出来ないことである。

このアルバイト店員も店長も、お客様にとって大切であるという決断の基に"マニュアル違反"を行ったのだ。このエピソードのようなマニュアル違反は、ケースにもよるが批判されるものではないだろう。むしろ「父母が4歳の息子と一緒に夏休みを楽しもうとしている」と解せば、実施的な意味で東京ディズニーランドのマニュアルにかなうものではないだろうか。
フェアリー・テイルが取り組むマニュアルのあり方にも、必ずしも形式的、画一的なものを要求されているのではない。お客様が"大切に感じているかどうか"、つまりお客様目線で考えれば、厳格を旨としつつも、時には血の通った対応が適切なこともある。
それこそ、フェアリー・テイルが追及する本当のオリジナリティとホスピタリティである。

以上


平成21年9月1日の記聞より

藤 田  徳 子



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