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ブライダルプロデューサー 藤田徳子の幸せ会議(BRIDAL PRODUCER NORIKO'S NOTE)

記聞(気分)「子どもに教わった原点回帰」

先日、子どもの幼稚園行事で親子遠足に参加してきた。2キロ程度の急な坂道をハイキングして登り、市中を見渡す峰山でお弁当を食べて帰ってくるものだ。傾斜のきつい坂道をお弁当の入ったリュックを背負って2キロ歩くだけでも、幼稚園の子どもにとっては至難の業だが、年長組ともなると、一部の熱心な親子の間で、ダッシュで駆け上がり順位を競うのが、毎年恒例となっている。10位以内に入ると、幼稚園の先生方の手作りメダルとトロフィーがもらえるとあって、春の遠足前には子どもたちは、「今年こそは私が!僕が!メダルを取るぞ!」とその話題で持ちきりだ。


うちの莉子は、体も小さく運動ではハンディが大きいのだが、今年はいよいよ年長組ともあって、新年度になった当初から「メダル合戦」の話題で、親子ともども盛り上がっていた。親としては、幼稚園最後の遠足での思い出つくりもさることながら、行事のたびに、何かを達成し自信をつけるきっかけにしてもらいたいと、メダル獲得を切に願っていた。家庭で遠足の話題が出ると「諦めず一生懸命走れば絶対メダル取れるよ!」と発破を掛け、本人も「1位になる。」と張り切った様子を見せていた。

 
ところが、遠足当日、スタートをきって間もない一つ目の急な坂道を登りきるかきらないかのところで、私たち親子は先頭集団からはるかに離れてしまった。最初のうち、莉子は、涙をこらえながら「うっうっ」と歯を食いしばって私のペースについてきていた。しかし、後ろからくるお友達親子に抜かれ始めると、私が焦って「莉子ちゃん、こんなんじゃ、メダルもらえんよ!」と感情的に叱咤してしまった。すると、莉子は泣きじゃくりながら「しんどい。メダルは要らん。ママだけ先に行って!」と。結局、ゴールまで走り続けたが、何度も転倒し、メダルどころか16位に終わった。ゴールでは先生方の拍手と抱擁で迎えられ、「莉子ちゃん、名誉の負傷ね。」と温かく怪我の手当てを受け、本人は満足しきった様子だった。

 
「メダルは要らん。」、「ママだけ先に行って。」とは、なんて情けないことかと落胆したのは親の私だ。私が言うのは何だが、莉子はいわゆる模範タイプの子で、日頃、親や先生の言うことに素直である。しかし今回ばかりは、なんと根性がないものかと、これからの彼女の人生を案じた。


後日、莉子の担任の先生に相談すると、すぐに園長の耳にも入り、園長が私に声を掛けてきた。「藤田さん、あなた何を言っているの。原点に立ち返りなさい、今こそ"原点回帰"よ。」と。

「莉子ちゃんが生まれた時、『五体満足で生まれてきてくれてありがとう』と生まれたばかり子どもの存在に感謝したでしょう。生まれたばかりの子どもにかけっこで1位をとって欲しいと願いましたか?(そんなことは望まなかったでしょう。)親孝行に育ったこの莉子ちゃんに感謝です。」と。「親孝行ですか?」、私は園長の仰る意味が分からなかった。

「そう、親孝行。『ママだけ先に行って!』と言った彼女は、あなたの期待を痛いほど感じるが、体はついて行かない。けれど、その期待に応えようと必死だったのです。なんて親孝行なんでしょう。一生懸命なママの後姿を見てきたから、5歳にして親の気持ちが分かる優しい子に育ったのです。今、反省しなければならないのは、子どもを手にした時の喜びと感謝を忘れた、あなたです。」と。

 
「不足を憂えるのでなく、足るに感謝する謙虚な気持ち」を忘れていたと、私は園長の言葉ではっと目が覚めた。仮に莉子がメダルを手にしていたら、「やっぱりうちの子は良くできる。」と傲慢になり、この反省はなかっただろう。それどころか、莉子の存在に対する親としての謙虚な愛情を忘れていたかもしれない。

 
この件を機に、11年前、知人誰一人いない土地でフェアリー・テイルを創業した頃を思い出した。自身の結婚の折、生涯の至福の瞬間である結婚式で、当事者であるカップルの希望とは裏腹に、売り手都合の営業手法に疑問を感じ、「私の経験がお役に立てれば」となりふり構わず創業した時のこと。

創業数ヵ月後、初めて当社の戸を叩いてくれたお客様にどれだけ尽くそうと思ったことか。また、会場を持たない当社にとって、会場を提供してくれるホテルやレストランはなくてはならない存在。しかし、当時、婚礼が基幹商品であったホテルは、売上の半分を牛耳る当社は競合だと言って、会場提供の契約を許容しない有様だった。それでも、将来のブライダル市場の理想像、結婚する若いカップルのニーズの多様化、当社の目標などを懸命に訴えた。初めての契約は、「将来的なブライダル市場の変化は見通せないが、あなたのひたむきさを評価する」と応えてくれたリーガの永川氏(当時総支配人)だった。その言葉がどれほど嬉しかったことか。

 
創業1年後のこと、ブランド力も信用力も無い当社で働きたいなんて思う人材が居るのかと案じながら、初めて求人募集をしたときのことも思い出した。「同じ世代の女性が起業していることに勇気をもらった。」と面接で語ってくれた、森万里子さん。彼女からは、社員を守るための企業運営の気概をもらった。それからの私は、「社員に世間並みのボーナスが払う」という目標に支えられた。だから、給料を一切取らず貯金を切り崩す2年間の生活が、全く苦にならなかった。

 
 さて、今100年に一度と言われる不況の中、個人消費が冷え込み、当社もご他聞にもれず客単価が激減している。園長が言う「原点回帰」、「不足を憂える前に、足るに感謝する気持ち」とは何かと、当社に当てはめて考えてみた。

1.      「客単価が上がらない。」と嘆くばかりでなく「こんな不況でも、多数の競合の中から当社を選んでくれたお客様のニーズは何か?」とお客様の生の声に耳を傾けること。

2.      取引先であるホテルやレストランから「送客が少ない」と相手の不足を口にするのではなく、売上減少のこの環境下でも、付帯売上を占める当社との契約に感謝し、先方の現況に応えられる提案を行うこと。

3.      周囲に「あれができていない」、「もっと協力してくれないからだ」と不出来を責めたり、不足を嘆いたりするのではなく、まずは自らが行動をしてみること。互いを信じ、仲間がいることに感謝すること。

 

「不足を憂える前に、足るに感謝する」ことは、決して目標や理想のハードルを下げ、現状満足ということではない。子どもが生まれたときに、存在そのものを喜び、「今、この子のためにしてあげられることは?」と親として一瞬一瞬自問自答したように、お客様がいて、取引先があって、仲間がいて、そこに自分が在るのだという謙虚な気持ちが大切だ。そうすることで、相手が本当に欲するものが見えてくる。

先月から、ホテルやレストランを一軒一軒廻っている。すると、先方の抱く当社の印象と当社の実情との認識の違いを把握できたり、先方の営業現況に対して当社が提供できる具体的なサービス内容を明示できたりと、生の意思疎通が図れるようになったことを実感する。

 
子どもの遠足で味わった親としての落胆が、忘れかけていた謙虚な愛情を見つめなおし、「原点回帰」に気づけた。家庭教育における「原点回帰」は、私たち経済活動を営む者にも通じる「不足を憂える前に、足るに感謝する気持ち」である。
以上

平成21年5月1日

藤 田  徳 子

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